2016年8月27日土曜日

疲れる自分。色々を疲れることにしてしまっている自分。

風が涼しくなり、ただでさえ夏の疲れが出るこの時季。

相変わらず、あれこれ、疲れることが、
次から次へと起きている私。


息子の歯の矯正治療が、うまくいかなかったんじゃないか、と疑え、
とっても動揺し、歯科医師に説明を請うたこと。
(これは解決しました)

薪を買っていた先の店が、一般の人への販売を止めてしまい、
この冬に使う薪を買う先を、急遽探さねばならなくなったこと。
(これは未解決)


歯も、薪も、私なりのこだわりが強くあるため、
家族が気にしないあれこれが気になり、その解決を求め、
右往左往してしまう。

そのこだわり、あるいは完璧主義は、
家族がより幸せになることを含む、
私のよりよい人生のために、持ち続けているわけなのですが、、、、

どうも、目的通りに、なっていない。
それどころか、家族も私も、苦しめている。
メリットもたくさんあるけど、デメリットのほうが、目立っている。。


あーあ。。

でもねえ。。

同じように思いながら、同じように、なかなか改められずにいる人も、
多いのではないかと思います。
完璧主義とかでなくとも、
家族の幸せのため、家族の健康に良かれと思う食生活にこだわり過ぎて、
家族に文句を言われてるとか、、、、
(私です。あ、これも、完璧主義の類かな)

色々ありますよね〜。

大胆な自分に変わりたい、
若い頃そうだったので、その自分に戻りたい。

そう診察室で話したとき、名医(たぶん)は、
ただ大胆になるのでは、今の繊細な自分を殺してしまう、
繊細を活かした大胆がいいですね、
というようなことを、私に言いました。

繊細、かつ、大胆。

そのときは、そうである人を思いつかなかったけれど、
芸術にせよ、スポーツにせよ、事業経営にせよ、
一線に居る人に、
繊細でありつつ大胆な人は、けっこういるように、思えて来ました。

そう思ったら、自分の周りにも、けっこう居ることにも、気が付いて。


自分が、こだわったり完璧を目指したりする性分を、捨てるのではない。
そうでありながら、大胆だったり、大雑把だったり、もする。
・・・のかな?

まだうまくイメージできないけど、そんな風に変われたら、
若い頃の自分も、双極性障害になってからの自分も、
今の自分の中で活かされ、
みんな生きて・活きて、今の自分も、自分の周りの人も、生き易くなってくると、、、

それはまだ、アイデアだけの段階ですが、思えはしています☆

2016年8月21日日曜日

自分の喜びのためにお金を使う

双極性障害とはまだ診断がつかず、
うつ病として、治療を受けていた日々。

私は、自分が、我慢ばかりして生きてきたため、病気になったと、
自分で考えていました。

その、我慢、のひとつは、自分の喜びのために、お金を使ってこなかったこと。

家を建てる資金を貯めたい。
好きな事業を始める資金を貯めたい。

そういう、いつか、のためばかりに、倹約を続けてきた私。

やがて、病院を変え、
双極性障害と診断名が改まり、
治療も変わり、
なかでも、
神田橋條治医師の、双極性障害の治療と養生の方法を取り入れた医師のもと、
日々の暮しの中で心掛けることが、変わりました。


その一つが、気分に従い、行動してみる、こと。


数日前、家族で隣県までの日帰り旅をしました。
息子が受験生になっているので、この夏はどこへも出掛けられないと、
ずっと家内は言っていたのですが、
いろいろあって、そうでもなく。

楽しい時間を過ごせました。


そのなかで、私は、朝に寄ったサービスエリアの売店で、
打ち上げ花火が開いた形にキラキラが並んだ携帯ストラップを買い、
また次の、家内が買いたいものがあって寄った和菓子屋では、
自分のために、冷凍みかんが丸々入った大福を、買いました。

ストラップ、約500円。
大福、約200円。

たったそれだけなのに、いつもなら我慢してしまう、こういったものを、
欲しい気持を満たしてみたら、
とっても気が晴れました。


大きなことの我慢を解くのは難しいけれど、
こうした小さい我慢は、ときには解けますね。


病中の私は、そうしたことの延長上で、
家族で、日帰り旅に行き、やがて沖縄に行き、さらには北海道に行き、となり、
その都度、お金はたいへんに減らしましたが、
自身と家族のエネルギ―は、たいへんにアップしました。


ストラップ♫
さきほどさっそく開封し、これまでのものと付け替えてみました。


モチーフたる開いた花火のように、
これがきっかけで、
自分が花開いてゆくと、いいなぁと、思います☆

2016年8月17日水曜日

夏休みでリズムが乱れ・・

我が家の中心的存在である息子が夏休みのため、
生活リズムが乱れております。

ついでに、世間の盆休みや、オリンピックのわさわさ。
感応する必要はないのでしょうが、どうも、同調してしまいます。

そんな訳で、疲れも溜まり。。。

と振り返ってみたら、
ずっと休んでいたような気がしていたのに、
かえって休んでいませんでした。

それは、、暑いし、疲れますよね〜。

疲れると言えば、前回の記事でも書いた、
親戚付き合いの類。
遠くに住むきょうだいが帰省し、
会いに行ったのですが、
やっぱり疲れました。。

身内って、子どものころからの固定した役割があって、
それが、今の自分の在り方とずれていて、
こちらはそう解っていても、あちらが昔と同じ感覚だったりするのか、
関係の修正もままならず・・・

って感じで、歪んだ形の自分を演じてしまっているのでしょう、
後になりひどく疲れを感じます。


ということで、たいして休んでないのですが、
昨日から原稿に戻りましたら、
少し気持が落ち着いてきました。
今朝も6時過ぎに起きて、原稿用紙を拡げました。

しかし、今も、隣の居間では、息子が観るオリンピックのテレビ放送の音声が・・・


夏休みは、家族が揃っていて、楽しくて嬉しくて、
ずっと続いて欲しいのですが、
ごちそうが続くと胃が疲れて、普通のご飯を食べたくなるのと同様、
早く、いつものリズムに、戻りたくもあり、
そして、双極性障害の年月とは違う、
いつもが一番と思える今を、嬉しく有りがたく思えもします☆

2016年8月9日火曜日

それほど親しくないけど知っている人(親戚とか)とともに居るのが苦手です。双極性障害を経て解ったことの一つ。

親戚に不幸がありまして、迷ったのですが、法事に参加してみています。

双極性障害を経て、私は、
それほど親しくないけど知っている、知人やら親戚やらと、一緒にいると、
とても疲れることに、気が付きました。
なかでも、例えばお盆で集まった実家、とか、最たるものは冠婚葬祭とか、
なにかしら、しきたりや風習に従うシーンが、とくに疲れる。

人に疲れるわけは、
対人センサーが働きっぱなしの双極タイプとしては、
それを緩めたままいられるほど親しくない、
でも、単にブロックしていられる他人でもない、
適度な距離や対応、表面的な付合い、が求められる場は、
いわゆる、神経が休まらない、状況なのだと思います。

それから、しきたりや風習に疲れるわけは、
世間的に認められている、
でも、考えても、その力の根拠が解らない、(風習も含む)権威に、
価値を見出せない、双極タイプとしては、
従わない訳にはいかないけど従う自分も嫌、みたいな、ジレンマを得て、
自分が引き裂かれ、疲れるのだろうと思います。


双極性障害になる前の私もそうだったのでしょう、
でも、本来自省が薄いのも、双極タイプ(おそらく)。
疲労に気付いたのも、その訳に気付いたのも、
病気の体験を経て、でした。


そな訳で、病後、可能な限り避けてきた、それら二つが重なる領域の、親戚の法事。
昨日その一日目があり、参加して、疲れましたが、
私がどのように振る舞おうと、
たいして誰も気にしていない、
仮に気にしていたとしても、後日の自分にまで影響しない、
ということもまた、良くわかりました。


自省し、考え、なにかに気付くこと。
それを実際の行動に生かしてみること。
行動の結果得たことを、また次の考えに生かすこと。


名医(たぶん)は、昔はやった、「巨大迷路」に喩えて、
「考えているだけでは出口に到らないし、
考えず、あるいは、動いた結果を次に生かさないでいても、
なかなか出口に到らない。
到るためには、「思考実験」と「実験」を、繰り返して下さい」
と言いました。


今回の「実験」から得た情報を、次なる「思考実験」に使い、
次の、バージョンアップした「実験」たる行動へ、
また生かしたいと、思います☆

2016年7月30日土曜日

揺れる思いを受け入れる・・

気力や感情に好不調があるのは、
双極タイプの脳を持った者として、
理解はしているのですが。

それでも、リラックスして、自分の未来に希望を感じる時間と、
心身ともにフリーズして、過去も今も未来も絶望して感じる時間が、
入れ替わり入れ混じり、やってくると、
自分がどこへ向かっているのか、解らない不安が、乗ってきます。

・・・と、書きながら、自分が思っていたことに、気付く私。
・・・ほほ〜、そうだったのか。


多くは、都度ここで記事にしてきたことですが、
このところ私に生じている変化を、まとめて挙げると、


☆母と、気持の上でも、現実としても、和解した。
☆自分を受け入れよう、好きでいよう、大切にしよう、と思った。
☆私を妊娠していた当時の母の心境を知り、
その時から続いていたのであろう、私の気分の基調が、少しだけ緩んだと思えた。
☆自分がこれまで十分に頑張ってきていたことを認め、成果も認められた。
☆自分の思いを、それが相手へなにかを要求したり非難したりするものでも、
わりと力まずに、伝えられるようになった。
☆自分への好意が増すにつれ、家族や家のモノなどへの、感謝も、改めて感じている。
☆自分がこれまで完璧を目指して頑張ってきていたことを認め、
もう十分、完璧を追い求めなくていいよ、と思えた。


変化がないことしては、


☆小さなことですぐに揺れる。
☆ひどい緊張状態が続き、消耗して感じることが多い。
☆気がつくといつも、自分を悔い、責め、あるいは何かに、迷っている。


変化が生じている深さが、深〜いような気が、してるんですよね〜。
なんだか毎回、泣いてるし。

その度に、それまでの、揺れて緊張して消耗して悔いて迷っている自分が、
少し消え、
このまま、いい方への変化が、定着してくれたらと思うのですが、、、、

しかしまた、戻る。。


まあでも、こうして列挙してみると、根本的でありかつ数も多く。
揺れもしますかね〜。。。



双極性障害の治癒過程は、
耐え難い症状が続き、やがてその意味するところを知り、
症状が消え、あるいはなにかに気づき、
それに伴い、体感も、行動も、家族の言動などの世界も、
変わってくる、というものでした。
その、繰り返し。


さて、どうもその、類似の体験の中にいるようだと思えて来た、
今の、、、本当に今の、この行を書いている、自分。

この、明るい展望、明るい予感、をベースに、
これから生きてゆければ良いのですが・・・


揺れ続けるがゆえの安定、というようなことを、神田橋條治医師は書いた気がします。
この、揺れる自分も穏やかに受け入れられたとき、また更に楽になるのかな〜

・・・とここまで書いて、なんとなく、坐り心地の悪い結論と感じますが、、、
夕方の散歩に行ってきます☆

2016年7月26日火曜日

「障害者」の殺傷事件で思ったこと。

身辺雑記を心掛け、社会的な事件や事故について、触れないようにしてきた、このブログ。

これから書く記事。
私の気づき、という点では、その域の内の話ですが、
そのきっかけとして、今日は、事件に触れます。
双極性障害になってからこっち、
事件や事故の話は、きつくて苦手です。
同じように、苦手な方もいるだろうと思います。
事件の具体的な内容には触れませんが、
無理しては読まないで下さい。



神奈川の「障害者」施設で、おびただしい人数の「障害者」を殺傷する事件があったと、
今朝、車のラジオで聴き、知りました。
夕方、気晴らしのつもりでつけたテレビでは、
ほぼ全てのチャンネルが、というくらい、あちこちで、
その事件について、現場やら、犯人(容疑者、と呼ぶべき段階なのでしょうか)の姿やらを、
強い、なんていうか、好奇心で、
紹介していました。

猟奇的、とも言える、でももっと、社会的ななにかを感じる、
事件。
自分が、「障害者」と、公的ななにかで括られてはいないながら、
括られていなからこそ、余計に、居心地の悪い半端さを感じてもいる、私。

報道では、犯人が、「障害者」を世の中から無くそうと考えていたらしいことが、
伝えられていました。

それを知り、始めに思ったのは、
社会の流れが、あるいはもっと狭く、政治の流れが、
なんていうか、なにか、お金で換算できるものやことを、
産み出さない人たちを、
無価値なものとして扱う風潮に、急激に傾いている、ということでした。
具体的に指摘するほどの知識があるわけではないですが、
一例を挙げれば、「1億総活躍」とかの、スローガン。
これを耳目にするたびに、私は、
活躍しない、できない、(私を含めた)社会的に弱い人たちを、
無価値であると思っていなければ、出て来ないスローガンのように、
感じてしまいます。
その、社会の流れの尖端部分で、
いわば、起こるべくして起こった、
増えていた地下水脈が地上に溢れ出た、事件だと思いました。

次いで私は、名医(たぶん)が、
犯罪も含めて、身の回りに起こる、他人の行為を、
自分(私であれば、私自身)のなかの、存在を認めていなかった部分、の顕れ、
自分のなかの、存在を認めていない部分を、他者が代わって行為したもの、
と見ることもできる、
というような(元はもっと解り易い文です。すみません)ふうに、
書いていたことを、思い出しました。

思い出した私は、
つまり今回の事件で言えば、
私の中に、「障害者」を、無価値と思い、
あるいはそれに留まらず、殺したい、
そういう思いが、知らず識らずのうちにあるのだろうと、
我が身を省みました。

そして気が付いたのは・・・

(ここまでが、話の背景で、
ここで気付いたことが、話の本題です)

私は、私の中に、
他者たる「障害者」を、無価値と思い殺したい気持があるのではなく、
私の中に、
自分という、中途半端な「障害者」を、、、、
社会に役立たず、のみならず、家族に迷惑を掛け続けている、
無価値どころか、足をひっぱる、負の存在と感じ続けている、
・・・つまり、
「無価値」な「障害者」たる「自分」を、
殺したい思い(具体的に自殺したい、というのではないです)が、
あったことに、気が付きました。

人生の、人の、命の、価値。

私はそれを、双極性障害で苦しむ中、徹底して見つめ、
いや、見つめざるを得ず、
私なりには納得した答を、得たつもりでいます。

でも、もしかしたらそれを、修正する時期に来ているかも知れないとは、
このごろ思っていました。
その思いを、後押しすることになるかも知れない、
今回の気づき。



さて、気付いたときから、自分の中に、なにか、
その修正も含むのかも知れない、
大きな変化の胎動、のようなものを、感じてはいますが、
それがなにか、まだきちんと言葉に起こすまでには、至っていないようです。

でもそれは、恐らく、
自分の存在を、根本的に許す、祝福する、というような・・・


先日、名医(たぶん)の受診でその半端さを指摘された、
あるいは、自分の中で、このところずっと、テーマとなっている、
そんな、私の、自己受容・自己愛の課題への、
ひとつの大きな投げかけと、なってゆくように、思いました。


被害にあった方々、
・・それは、今回の記事の文脈で言えば、
大きくは、あるいは犯人をも含むのかもしれませんが、
亡くなった方々のご冥福と、生き残った方々の今後の苦痛の少なきことを、
お祈り申しあげます。

「障害者」の殺傷事件で思ったこと。

身辺雑記を心掛け、社会的な事件や事故について、触れないようにしてきた、このブログ。

これから書く記事。
私の気づき、という点では、その域の内の話ですが、
そのきっかけとして、今日は、事件に触れます。
双極性障害になってからこっち、
事件や事故の話は、きつくて苦手です。
同じように、苦手な方もいるだろうと思います。
事件の具体的な内容には触れませんが、
無理しては読まないで下さい。



神奈川の「障害者」施設で、おびただしい人数の「障害者」を殺傷する事件があったと、
今朝、車のラジオで聴き、知りました。
夕方、気晴らしのつもりでつけたテレビでは、
ほぼ全てのチャンネルが、というくらい、あちこちで、
その事件について、現場やら、犯人(容疑者、と呼ぶべき段階なのでしょうか)の姿やらを、
強い、なんていうか、好奇心で、
紹介していました。

猟奇的、とも言える、でももっと、社会的ななにかを感じる、
事件。
自分が、「障害者」と、公的ななにかで括られてはいないながら、
括られていなからこそ、余計に、居心地の悪い半端さを感じてもいる、私。

報道では、犯人が、「障害者」を世の中から無くそうと考えていたらしいことが、
伝えられていました。

それを知り、始めに思ったのは、
社会の流れが、あるいはもっと狭く、政治の流れが、
なんていうか、なにか、お金で換算できるものやことを、
産み出さない人たちを、
無価値なものとして扱う風潮に、急激に傾いている、ということでした。
具体的に指摘するほどの知識があるわけではないですが、
一例を挙げれば、「1億総活躍」とかの、スローガン。
これを耳目にするたびに、私は、
活躍しない、できない、(私を含めた)社会的に弱い人たちを、
無価値であると思っていなければ、出て来ないスローガンのように、
感じてしまいます。
その、社会の流れの尖端部分で、
いわば、起こるべくして起こった、
増えていた地下水脈が地上に溢れ出た、事件だと思いました。

次いで私は、名医(たぶん)が、
犯罪も含めて、身の回りに起こる、他人の行為を、
自分(私であれば、私自身)のなかの、存在を認めていなかった部分、の顕れ、
自分のなかの、存在を認めていない部分を、他者が代わって行為したもの、
というような(元はもっと解り易い文です。すみません)ふうに、
書いていたことを、思い出しました。

思い出した私は、
つまり今回の事件で言えば、
私の中に、「障害者」を、無価値と思い、
あるいはそれに留まらず、殺したい、
そういう思いが、知らず識らずのうちにあるのだろうと、
我が身を省みました。

そして気が付いたのは・・・

(ここまでが、話の背景で、
ここで気付いたことが、話の本題です)

私は、私の中に、
他者たる「障害者」を、無価値と思い殺したい気持があるのではなく、
私の中に、
自分という、中途半端な「障害者」を、、、、
社会に役立たず、のみならず、家族に迷惑を掛け続けている、
無価値どころか、足をひっぱる、負の存在と感じ続けている、
・・・つまり、
「無価値」な「障害者」たる「自分」を、
殺したい思い(具体的に自殺したい、というのではないです)が、
あったことに、気が付きました。

人生の、人の、命の、価値。

私はそれを、双極性障害で苦しむ中、徹底して見つめ、
いや、見つめざるを得ず、
私なりには納得した答を、得たつもりでいます。

でも、もしかしたらそれを、修正する時期に来ているかも知れないとは、
このごろ思っていました。
その思いを、後押しすることになるかも知れない、
今回の気づき。



さて、気付いたときから、自分の中に、なにか、
その修正も含むのかも知れない、
大きな変化の胎動、のようなものを、感じてはいますが、
それがなにか、まだきちんと言葉に起こすまでには、至っていないようです。

でもそれは、恐らく、
自分の存在を、根本的に許す、祝福する、というような・・・


先日、名医(たぶん)の受診でその半端さを指摘された、
あるいは、自分の中で、このところずっと、テーマとなっている、
そんな、私の、自己受容・自己愛の課題への、
ひとつの大きな投げかけと、なってゆくように、思いました。


被害にあった方々、
・・それは、今回の記事の文脈で言えば、
大きくは、あるいは犯人をも含むのかもしれませんが、
亡くなった方々のご冥福と、生き残った方々の今後の苦痛の少なきことを、
お祈り申しあげます。

2016年7月24日日曜日

気付くこと。変わること。双極性障害の治癒過程では・・

日曜の午後。大相撲名古屋場所は千秋楽、優勝の行方はいかに? 
の時間帯です。


この週末は、土日プラスその前の金曜日を、オフにしました。


その金曜日。
初めてお会いする方に会いに、都内へ行ってきました。
相手の方に選んでもらった店での、午後のお茶タイム。
その時間に到るまで、
相変わらずの、仕事の不安を主としての、
重苦しい自分にずっと居たのですが、
とても楽しく充実したお茶タイムを過ごすことができました。

その日は、そのお茶タイムの前に、
実は、あの、有名な脳科学者のMKさんに、お話をうかがっていました!
と言っても自分に面識はあるはずなく・・・

実は、その日、いつもと違う、わりときちんとした服装だった私は、
それまで何度も覗いては、物怖じしてUターンしてしまっていた、
あるホテルのラウンジに入り、ランチをしたのです。

その場で、私の頭と、あの独特な髪が触れそうな、背中合わせの位置で、
雑誌のインタビューかなにかに応えていたのが、
MKさんだったのです。

脳科学者の、MKさんの話は、
どうやったら脳の特性を生かして勉強が進むか、というような内容。
一方、そのあとでお会いした方にうかがった話は、
いかにして望んでいた生活を手に入れたかという内容。

いずれも、今の私の悩みに、直接間接に響き、
また両人の、高くて安定したエネルギ―、あるいは存在自体の雰囲気も、
とっても刺激となり。

ともに、普段にない、不思議でありながら心地良い、充実した時間となったのでした。


これらの時間、経験、を通して、その後、
自分のなかに色々と気づきが生じています。
より正確にいうなら、それよりも前、
今回のその、仕事の不安について愚痴った知人たちからもらった、
意見やら考えやら視点やらと、金曜日の体験があわさって、
自分のなかに色々と気づきを生じさせていると感じています。

そしてその、一連の気づきは、
私の、普段に無い行動、
初めての人に会いに都内に出たり、
一人でホテルラウンジでランチをしてみたり、
という、それまでにない行動と、
因果の縄となっているのうだろうと、感じています。



なんだか話が急にややこしくなりました(汗)



気付くことは、内面で生じること。
行動することは、外面で生じること。

双極性障害の治癒過程で、名医(たぶん)に、
なにかしらの気づきを報告すると、
「その気づきを、今度は行動に生かしてみてください」と言われたことを、
少し前にも書きましたが、、、


気づき で、 行動 が変わる、ばかりでない、
行動 が、 新たな気づき をもたらす、という、
循環なんだな〜と、、、、、


発見した気がして書いてみましたが、神田橋條治医師の著書や、
名医(たぶん)の面接で、
それも見聞きしていたような気が、してきました。。。
そうそう、名医(たぶん)の前の言葉の続きが、
「そして感じたことを、また次の行動に、生かしてください」
でした!


話が大きくなり過ぎるので具体的には書きませんが、
いま生じている、この、小さな、
でもたぶん、大きな波の小さな始まりのような、
視点や考え方や行動の変化は、
今年になり気が向き再び通い始めた、
名医(たぶん)の面接によるものや、
愚痴ったり相談したりするのに応えてくれての、知人たちからの言葉、
その他諸々、
で得た、視点や気づきが、
遅れて、より根本的な気づきや、これまでにない行動として、
醸し出されてきているのだろうなと、思います。


あ、これが、いつも助言をくれるなかの一人、
幼少期からの幼なじみが言っていた、
無理に行動を変えなくていい、
変わるときは自然と変わる、ということなのかな〜♫


気づきや行動の変化の具体的な記述に薄い、
抽象的で実感に欠ける記事になりました。。


さて、明日からまた平日。
悩んでいた仕事に向かう時間が、どのようなものになるのか。
そこで生まれる文章が、どのようなものになるのか。
一週前の前の記事でも同じようなことを書いていますが、
不安なような、楽しみなような、気がしています☆

2016年7月18日月曜日

「私は、自分を許します。」・・双極性障害の体験記執筆についての不安を感じるうちに・・

三連休、いかがお過ごしでしたか?

私も結局、三連休にしました。

その三日目の、今朝のこと。

早朝に目が覚め、頭が、原稿の不安にまつわる言葉で忙しくなっている。。

言葉が先か、体感が先か、
体の緊張も強く、寝汗をかいている。。

膨大な、時間と文量を積み上げてきた、
双極性障害の体験記『あ、ひらおよぎ』の、原稿作成。

何度も触れている話題ですが、
いま、400字詰め原稿用紙換算で、5000枚ほどになっているそれが、
この先、本当に、生きるときが来るのか。

もしかしたら私は、壮大な勘違いをしてきており、
再び振り出しに戻って、
別の道を探さねばならない状況に、
陥るのではないか。

そうしたら自分は、果たして、生きてゆけるのか。。


こういうときいつもそうするように、
二階へ行き、書斎で椅子に坐り、水を飲みました。

そして今朝は、そのまま、
書きためてきた原稿用紙が詰まっている棚に目をやったとき、


・・・よく、頑張ったなぁ・・・


ふと、思いました。
それから、


・・・もう、許そう・・・


・・・「私は、自分を許します。」・・・


そう思ったら、涙がでてきて・・・・・

幼いころから、限界まで頑張ることでしか、自分を許せずにきた。
その、生き方を、
私はもう、原稿作成において、そして、その他の暮しぶりにおいて、
もう、十分にやったと、思いました。

泣いて、納得して、
すっかり緩んだ、体。

昨日ちょうど買っていた、ヒーリング音楽を聴きながら、
一連の気づきをノートに記すと、
私は布団に戻り、緩んだ体を投げ出して、
遅めの朝まで眠り直すことができました。


自分を許す。


繰り返し立ち返っている気づきのような気もしますが・・・


さて、三連休が終わり、明日から平日。

原稿に向かう自分に、その原稿の内容に、あるいは長さに、
これまでと違うなにかが、現われるのか否か。


まあできれば、現われて、
原稿作業も日々の暮らしも、
もうちょっと、というか、できればいっぱい、
楽になったらいいな〜と、思います☆

2016年7月13日水曜日

転機なのかな・・・

結局、外からくる大波小波が一段落したと思った途端、
この月曜は、内で生じた大波にさらわれ・・・
撃沈しました。

しばらく原稿作業は休みだな、と諦めたのですが、
火曜の朝に浮上を始め、午後は作業再開。
水曜である今日は朝から机に向かえました。

さて、この大波小波の果てに、私はなにを掴むのか。
どう、変わるのか。

変わらなくても良いのでしょうが、
どうしても、苦しんだだけの代償を、望んでしまいます。

話は、一昨日昨日の波ではなく、
この一月半ほど続いている、波の果て、についてになりますが・・

どうも、私は今、ずっと変われなかった、根っこの部分でもあろう、
大きな土台に、
変化を迎えているようだというのが、
このところ感じること、です。

それは、ひとつには、
他人に物が言えるようになってきている、こと。

今までも全く言えなかった訳ではないのですが、
おそらく一般的な程度よりたくさんの、言いたいことを持っているのに、
言うことに、とっても強い、抵抗を感じていた。
言えたとしても、言葉がストレートではなく、また、
態度も、言う言葉と違う、捻れた表現を、していた。

それが、なんだか、とりたてて構えることもなく、
されりと、、、、とまではいきませんが、
今までの自分とはかなり違って、肩肘はらず、
言いたいことを言えるように、なってきています。

この変化の源流について考え書き出すと、膨大になるであろうから、
堰が切れた最後のきっかけ、というか、出来事だけ書くと、、

それは、名医(たぶん)との面接中に、私が、
①普段の生活で困ったことや感じたことではない、
面接中の、まさに今ここで、感じていることを、
話してみるようになった。
②そこで、名医(たぶん)に対して起きている感情も、
口にするようになった。
③そして、ずっと感じていながら、伝えることができずにいた、
病院についてのとある不快な状況を、伝えることができた。

この③の受診の最後、
名医(たぶん)は、これを私が言えたことで、
きっとなにか、変わってくると、言っていましたが、
その通り、
それを言えたあとしばらくしてから、私は、
今までだったら呑み込んでしまったあれこれを、
わりとさらりと、言えるように、変わってきました。

言えない自分を作っていったるのは、
幼いころからの父の態度と、・・・・

と書き出すと、また長くなるので、美味しいところですが、略(笑)

もうひとつのきっかけは、私が自分を、好きでいることを、
心掛けるようになったことも、大きいと思います。
それは、胎児期の自分にアクセスし、
愛されているんだ、安全なんだ、大丈夫だよ、ということを、
伝える作業も含めて・・・


言える言えない、の大元にあるであろう、なにか、というものが、
なんなのか。
日常に追われ、まだ見つめていません。

言える言えないだけでない、このところの変化も、
ともに辿ると、その、大元に、当るのだろうな〜


半端な記事ですみません。
こうして半端で終りにすることができるのも、
変化の一つのように、思います☆