2017年2月23日木曜日

なんとなく、脱したような・・・双極Ⅱ型障害の体験と色々が似ていた、今回のアップダウンでした。

この冬になってから続いていた、
もっと長くは、今年になってから続いていた、
くり返しの急落をともなう、修行の日々を、
なんとなく、脱したような、気がしています。

まだ総括できていないけれど、
あえて一言でいうなら、
自分を改めて見つめ、受け入れる、
この一年・この冬でした。

それだけ書くと、
辛苦をともなうようには思えないのですが・・・

いや、自分を見つめるのって、苦しいです。
苦しかったです。
見つめた、思ってもみなかっただめだめな自分を、
受け入れるのもまた、
楽な道ではありませんでした。


苦しみと気づきの過程は、
双極性障害の体験記『あ、ひらおよぎ』の執筆作業のなか、
いま書き直している章が描く、10年程前の自分にあったそれらと、
かなりの部分が共通でした。

同じ道を歩んでしまっているような気もしましたが、
名医(たぶん)は、
「同じようでもステージが違う。神田橋先生が言う、螺旋階段、ですね」
とのこと。

そうだといいなと思います。
確かに、気づきの深さは違う。
病中の気づきでは至らなかった、より深い部分に、
今回は気づけたように思います。


しかし、、、


苦しかったです。
いや、今は単に修行中の一休みに居るだけで、まだ続くのかも知れませんが・・・


渦中に居た私は、今回のような状態を、一般的には「再発」と呼ぶのだろうと、
あるいは、
今回のような状態のまま「再発」に陥ってゆくのだろうと、思いました。

でも、今回もまた、私は薬を飲むことなく、再発と診断されることもなく、
こうして、ゆるゆると、回復できた(らしい)。

それは、名医(たぶん)の治療の方針が、想像するに、
薬で治すことを目指すのでもなく、医師が治そうとするのでもない、
患者が自分で自分を治せるようになるよう支援する、というものであろうことが、
功を奏しているのだろうと思いました。

名医(たぶん)だけでない、
家族や知人たちの抱えのなか、
たくさんの苦しみと気づきを経て、私は、
それ以前と同じ道の続きを、歩みだしています。
具体的には、『あ、ひらおよぎ』の執筆を続ける日々に、戻っています。


でも、同じなのだけど、
生活にも、執筆にも、どこか根本的な違いが、生じ始めていることもまた、感じます。


病と同じで、過ぎてしまうと、
豊かで、次の自分になるためには、必須だったと解る、
苦しみの日々。


・・いや、そんな、美しいばかりの話じゃないですよね〜。。
・・苦し過ぎたし〜。。


脱せたのだったら良いなと、思います☆

2017年2月12日日曜日

症状という名のメッセンジャー。双極Ⅱ型障害の治癒過程でも・・

急落と浮上を繰り返しています。

久しぶりにこうした状態に身を置いてみると、
その苦しみの大きさに、改めて、
双極Ⅱ型障害の年月は大変だったな〜と、
振り返っています。


いま、私が病気としての双極Ⅱ型障害に居るかどうかは、
自分ではよく解りませんが、
起きていることは、
いわゆる「症状」という名を付けられるものだと思います。

でも・・・

双極Ⅱ型障害に居た時期、それも、治癒へと進んでいなかった時期は、
症状を、単なる苦しみとしてしか、捉えていませんでした。

それが、今は、
苦しいことは苦しいし、渦中にいると、忘れがちでもあるけれど、
症状は、自分になにかを伝えようとしている、
「メッセンジャー」であると、知っています。


今回の急落と浮上の繰り返しも、
急落のたびに、苦しいけれど、苦しみの果てに、
なにか、自分が気付いていなかった、あるいは目をつむっていたことに、
気付かされて、
そして不思議と、症状は消え、突然のように、浮上しています。

双極Ⅱ型障害の治癒過程が、そのようなものでした。
症状が自分に伝えようとしていることに、気付くと、
あるいは、症状の声を聴けると、
不思議と、あれほどまでに苦しめられたいた症状が、
ピタリと止んでしまう。



まあ、毎回、これで終りか!と思うのですが、、、、
なかなか(笑)
体がというのか、魂がとでもいうのか、
症状を通して私に伝えようとしていることが残っているうちは、
次の症状、次の症状、とやって来るのですが。


病期を通して症状の声を聴くために私が使ったツールは、
「フォーカシング」と「プロセスワーク」でした。
いずれも本を読み、名医(たぶん)に助けられつつ、
自宅で、布団の上で、声を聴き、治癒へと進みました。

今回の気づき、得たメッセージのあれこれは、
多くは、病期に得た気づきによく似ています。
自分に根強くあるテーマに、こうして繰り返し取り組み、
やがて根本的に治癒してゆく、ということのようです。


さて、直近では昨日の気づきを経て、安定の中にいる今の私。

ちょっと、休養と療養で止まっていた、原稿執筆の作業に、
これから取り掛かろうと思います。


今までの作業の仕方では、行き詰まりを感じていました。
執筆についての気づきを得た訳ではないけれど、
今回の気づきを生かして、作業をし、内容を整えようと、思っています☆

2017年2月5日日曜日

「もっと」を緩める。

今朝も3時に目が覚めた時点で急落。。。

そのまま眠れずでした。

昼過ぎから布団に戻れたものの、
苦し過ぎて眠るどころか緩むこともできず。

しかたがない、という訳ではないのですが、
フォーカシングをしてみたところ、
その、苦しい部分から出てきたのは、
「恐ろしい」という言葉でした。


「恐ろしい」。。


夜中からの苦しさは急に引いて、
助かったものの、
一年近く断続的に続いている、
そしてこのところの気づきで、いったんは収まった、
心臓のバクバクした感じが、続いている。。


フォーカシングをしてもぴったりくるものがなく、
動きのあるものなので、プロセスワークがいいかと、
バクバクを起こす、より強くする、動きを思い浮かべました。

浮かんだのは、心臓を包み、強制的に拍動させている、二つの手。

イメージのままに拍動を強め、速めていくうちに、私の口を出たのは、

「もっと もっと もっと もっと もっと」


強い納得感があったわりに、拍動が穏やかになるということはなかったですが、
でも、やっぱり、納得感が残りました。


もっと速く、もっとたくさん、もっと上手に、もっと稼いで、、もっと立派に、、、


原稿執筆も、家族との関係も、これまでしてきた仕事も、つまりは生きること全般が、
この、「もっと」に、追い立てられていた、自らを追い立てていた、ことに、
思い至りました。


それは、人との関係性、いわゆる、「投影」にも、恐らく及んでおり・・


「もっと」書きたいですが(笑)やめておきます。


もっと、を手放すことは、怖く感じる。
でも、もっと、を緩めることを想像すると、
気持が楽になり、人生が、もう少し、スムーズになるような気がします。


・・・これで、このところ続いている、急落が、収まるといいのですが・・・


どうなるか解りませんが、とりあえず、
私が気付く必要がありながら、何年も、十数年も、あるいはもっと、
自覚しなかったことを、
自覚した、ということなのかもなと、今は思っています。

2017年2月4日土曜日

症状に、人生に、身を委ねる・・・?  双極Ⅱ型障害の体験でも・・

しばらく更新できませんでした。

急落し、
その底で大きな気づきを得て、
浮上し、
これで大きな山を越えたと思いきや、
次の急落と気づきを迎え・・

という日々を送っています。


息子の引越し先の選定を控えたこの時期のことを憂いながら、
一年前から久しぶりに精神科の定期通院をしていたのですが、
それはどうもこのところの波乱・・・崩壊と再生、
を予感してのものだったように、思えています。


気づきを得て、
これはブログの記事にしよう、
と思っていると、
次の急落と苦悩と気づきがやってきてしまい、
なかなか落ち着いて結論めいたことを書くタイミングがないのですが、
それを貫いて、
ひとつの大きな流れとしてあるとなんとなく感じているのは、
症状に、あるいは人生に、身を委ねる、というテーマ。


今回の急落もそうですが、
なにか、苦痛や苦悩を伴う時期って、
つい、抗(あらが)いますよね、思いっきり。

そうではなく、症状に、苦痛や苦悩に、
身を任せる、身を委ねる、っていうのが、
どうも、良いのではないかと・・・


それは、名医(たぶん)に借りて、
プロセスワークの本を読んでいる中で再認識した思いでもあるのですが、
身を委ねることで初めて、
症状が私に伝えようとしていることを、
受け取れるように思ったのです。


そう思ってみると、
私の人生そのものも、
状況に抗っている、あるいは、棹さして速く進もうとしている、
時期がけっこうあったことに気付きます。
この6年ほどもそう。

そして、そういう時期って、どうも、全体の流れが、人生の流れが、
滑らかさを失っているような気が、
してきているのです。


双極Ⅱ型障害の体験でも、
症状に、病気に、不調に、人生に、
抗っていた時期のほうが、苦しく、あるいは苦しみから抜け出せず、
脱力し、症状を受け入れ、症状に耳を澄まし、
そして人生の流れに身を委ねた時期のほうが、
色々が速やかに展開していった覚えがあります。


・・・と、いう洞察?を、得たのですが、、、
どうもよく、解らない。
そうだろうと思いつつも確信を持てないところが、
タイトルに「?」を付けたゆえんです。


でも、、、、そうなんだろうな〜。


不調は苦しいけれど、
双極Ⅱ型障害の体験を振り返れば、
もっとも得るものの多い、豊かな時期でもあると、解ってもいます。

今回、不調に身を委ねることが、少しできているので、
こうして、波に揉まれながらも、洞察を得て、おそらくは前進してもいるのだろうなと・・・


そう思い、人生の流れに、身を委ねてみようかなと、
つまりは、人生の流れを、もっと信頼してみようかなと、

怖いけれど、今はそんな気持に、少し、なっています☆

2017年1月25日水曜日

病気によるもの、と認識する。双極Ⅱ型障害の養生の・・

やっとやっとやっと!

原稿作成のなか、難儀していた、
『うつ病新時代 双極Ⅱ型障害という病』(内海健)の読書体験部分を、
とりあえずですが、書き終えました。


嬉しい〜。。
というか、脱力〜。。


双極Ⅱ型障害の位置付けや、
双極Ⅱ型障害の病理学的考察が、
これでもか!っていうくらい、書かれた、本。

読み返すたびに、自分の理解が浅かったことに気づき・・・

四苦八苦しました。。


治療や養生にいかせるであろうたくさんの教訓に溢れた内容のなか、
今回、ひとつ、このことを、
自分にも改めて言い聞かせ、また、記事にしてもおきたいと、思いました。


それは、症状を、症状つまり病気による不調として、認識することの、大切さ。


双極Ⅱ型障害の特徴のひとつとして、
どこまでが病気で、どこからが性格なのか、
解りづらいということが、あるそうです。

それが、治療がうまくいかず、長引くにつれ、
より、解りづらくなるということが、起きる危険性がある。

それを避けるためにも、
いまある不調を、きちんと、病気によるもの、と認識する、
性格と切り離して考える、ことが、
当事者にも医療者にも必要、とのことでした。


確かに私もそうでした。
いや、今もそうです。
動けない自分を、根性無しとか、頑張りが足りないとか、気が弱いとかの、
性格の問題として、見て罰している。
家族もそうです。
かなりの部分を、そういう、意思の弱さ、考えのおかしさ、みたいな観点から、
見ている。

でも、そうなんですよね〜。
症状、という部分が、大きくあるのですよね〜。
だって、病気に落ちる直前まで、いや落ちてもなお、
努力や頑張りを、手放したことは、ないのですから。。



まあどうも、そうに、割り切れるような話ではどうもなさそうだというところも、
このところの通院で名医(たぶん)に聴く話では、ありそうなのですが、、、

とにかく。

ここに記しておきたくなり、書きました☆


2017年1月20日金曜日

急落しました。苦悩の中身は双極Ⅱ型障害の体験記の・・

センター試験を無事に越え、気が抜けたままに、
急落してしまいました。

急落した自分の頭を巡る、苦悩の中身は、
双極Ⅱ型障害の体験記『あ、ひらおよぎ』の原稿が、
この先、日の目を浴びるまでに至るのだろうか、という、、、
強い不安と恐怖。


昨日は、
このあたりで疲労が溜まっているであろうことを見越して予約してあった、
いつもの鍼灸治療院で、
体ならぬその、心の苦しみを、十分に聴いてもらい、
温かい言葉をもらって帰宅し、布団に入りました。

うとうとした程度でしっかり眠れはしませんでしたが、
合間に、いくつか気づきがありました。

そのもっとも大きかったものを、大ざっぱいうと、
私が目指している原稿の完成形を、
決めているのは自分なんだな、ということ。

ちょうど、鍼灸の先生が使っていた、山登りの喩えに倣うなら、
私は、ものすごい高峰を、描いて目指していたけれど、
登り切れない予感に恐怖し、足がすくんでしまっているなら、
山の、高さや険しさを、自分で緩めればいい、ということ。

当たり前なのかもしれないそのことに気づき、
急に、気が楽になって、感じました。

そこで不意に気がついたこと。
受験生の息子、もともとはA大学を志望だったのですが、
勉強を初めてみたら、思いのほか大変そうで、
より容易に入れるB大学へ、志望先を変えたという経緯があるのです。

登り出したけど、登りきれそうにないなと見切って、目指す山の高さを下げた。
でも、B大学にはB大学の、個性があり、良さがある。

そうした構図が、私の原稿(の気づき)と、同じだなと。

高さを下げる前までの努力が無駄にはならないことも、
同じだと思いました。
息子はこのたび、B大学に合格の見込みという、成果を上げられたけれど、
それは、B大学に狙いを定める(下げる)より前の努力があってこその、
成果である。
私も、・・・いつか、きっと、下げたなりの成果を、上げられる。



今日もまだ気力は弱く、終日寝ているつもりでしたが、
その気づきが、作業にどう影響するか、味わってみたくて、
結局は朝から机に向かっています。

とりあえずは、記述の過剰な部分が、前よりよく見える感じ。
そんなに完璧目指しててんこ盛りにしなくてもいいじゃん、という感じかな〜。



急落は苦しいけれど、こうして、なにかに気づくのは、
落ちたときならではだなと、いつも思います☆





2017年1月17日火曜日

センター試験を無事に終えました。

息子のセンター試験が無事に終わりました。

なんどか記事にしていますが、
息子の入試や進学に伴うあれこれを、
私が無事に乗り切ることが、
この一年の大きな課題と感じて過ごしてきました。

とりあえず、大山を越えた感じ。

どうにか(私が)無事に、
ここまで過ごすことができました。


終わったら息を抜こうと思っていたのですが、
抜けたのは、息ではなく、気、という感じ。。

気が抜けて、、、、


改めて、とっても自分が張りつめていた、
息を詰めていた、
ことに、気がつきました。


双極性障害になる人は、おしなべて、
窮屈が苦手、と言います。


私は、自分の大学入試を前に、
とっても自分を窮屈に追い込んで、
センター試験でパニックらしき状態になりました。

それが、とっても、苦い思い出としてあったのも、
息子の入試が自分にとり重荷と感じる背景に、あるのでしょう。


息子は、私と違い、大らかに、試験前を過ごし、
試験当日の朝も、鼻うたを、いや、大きな声で歌をうたいながら、着替え、
模試でも受けるかのような様子で、
でかけてゆきました。


試験が終わって一日あいての今朝、私は、
息子の邪魔をせずにすんだことを思い、
私を支えてくれた周りの人たちに感謝し、
そして、自分は、邪魔しなかっただけでなく、
息子をけっこう、支えられもしていたのかもと、思うことができました。


まとまりませんが、、、、
とりあえず、気が抜けています、の報告でした☆

2017年1月8日日曜日

好き、好き、わたし。・・・双極Ⅱ型障害の養生の先に現れてきているもの。

大げさなタイトルですね〜。。

双極Ⅱ型障害の体験は、とてもキツイものでした。
このブログを読んで下さっている方のかなりの人たちも、
そのキツさを、体験した、あるいは体験している、のだろうと思います。

精神科で、薬と面接による治療を受けたのと並行して、
家で自分で行なう、いわゆる養生、というものがあります。

名医(たぶん)は、おそらく、
私を治そうというよりは、
私が自分を治すことができるよう、導く、という思いで、
診療にあたってくれていたと思います。

そのなか、フォーカシングを覚えたり、プロセスワークを覚えたり、
あるいは、なんちゃって気功やら、今でいう、ヒーリング、
時に、鍼灸マッサージや、エネルギ―治療(?)、占い・・・
そして、家族や知人たちとの、かかわり。

試したことはたくさんあり、
関与の量の違いはあれど、色々が少しずつ、作用して、
病の、あるいは人生の、治癒へと、私を導いたと思っています。


その、双極Ⅱ型障害の治癒、、
具体的には、自分で「治った!」と感じ、薬を卒業し、
その一年後には、治療目的での定期通院を卒業し、となったのですが、、、

それをもって私は、なんていうか、、、
自分というものが、あるべきところへ落ち着いた、
年齢なり以上の、到達点に達した、ように思っていました。


それが、2008〜2009年あたりのこと。


でも、去年の今ごろから、なにか、予感のようなものがあって、
名医(たぶん)のもとへの定期通院を再開し、
それから、気力や気持が安定しない、波のある一年を過ごしたのですが・・・


うつ傾向の時期って、動けなくて、だめだめで、で、たくさん気づきが生じる。
躁傾向の時期って、現実の対応はさくさく進む一方で、わりと内面は変わらない。

昨年は、一年を通して前者の傾向が強かったのかなと、ここ数日、思っています。


ひとことで言うなら、自分を好きになった。
完全に、手放しで、好き、までには至っていないかもだけど、
自分を好きでいる自分、好きでいたいなと思う自分、が育ってきた。

これ、かな〜り、それ以前とは違うように、感じています。



まあまだ、過程・途上という感じでして、これがどうなるか、、、
内面の変化が定着し、周囲が、現実が、違ったものになってゆくのは、
まだ少し時間がかかるのでしょうけど、、、
なんだか少し、、、楽しみ、、というか、、、
いや、未来がどうというより、今が少し、楽になって感じています。


まあまだ、手放しで「好き」とか「オッケー」って感じではないので、、、
自動車の教習でいえば、仮免許を取得でき、
路上教習が始まった、ってあたりですかね〜(笑)


自分を好きでいる。
考えることなくそうである人もけっこういるのでしょうね。

自分を好きでなかったらしい、これまでの自分(の部分)にも、
好き好きビームを、当ててみています☆

2017年1月4日水曜日

今年もよろしくお願いします。

ということで、2017年が始まりました。

受験生の息子が少しも受験生らしくならないおかげで、
夫婦双方の実家に家族でゆっくり滞在できた元日。

その夜になって、息子が、
実は大晦日の朝から喉が痛かったのだと言い出し。
二日の朝になったら、高い熱が出ていました。

インフルエンザの可能性も考えられるため、
本人のみならず、私も家内も、
その後の外出を控えて。
地味〜な、正月となりました。

家事をして、菓子を食べて、読書。
読書は、『続 解離性障害』という本を、読んでいました。

・・内容が、普段の原稿を、さして離れずで。
・・休んだような、、そうでもないような。。

年末は予定より半日多く、30日の昼過ぎまで机に向かい、
その後も、家事をかなりやったので、
年始の休みを予定より長くとろうと思っていたのですが、
予定通り、今日から、机に向かっています。

と言っても、開いた病院へ家内が息子を連れて行き、
その代りに、朝の家事をあれこれやっての、スタートでしたが。



さて、新しい一年。
息子は門出を迎えるかもしれず、
私は、双極Ⅱ型障害の体験記『あ、ひらおよぎ』を書き出して、10年目に入る。
そして同時に、40台最後の一年となります。

2016年は不安に頭をかなり占められちゃったけど、
2017年は、目の前にある課題に、これまで以上に、意識を留めて。

たくさんの人の役に立つ仕事をこつこつとしていたんだなと、
あとになり振り返り自分で納得し感涙できるような、
そんな一年に、したいと、思います。


今年もよろしくお願いします☆

2016年12月30日金曜日

今年もありがとうございました。

12月30日の夜です。

明日をもって、2016年もおしまい。

私の今年は、大波小波が絶えない、わりと安定しない一年でした。

昨年はどうだったのだろう、と昨年末の記事を読んでみたら、
けっこう安定した、前向きな一年だったようなことが、
書いてありました。

まあ、、、年による特色って、ありますよね。

安定しない一年のなか、改めて認識したのが、
泣き言を聴いてくれる知人たちの存在の有り難さでした。

主にはメールで、時に会ってお茶を飲みながら、稀には電話で。
プロとして会う医師やマッサージ師には、面接や施術の時間を通して。
解決の秘策の見出せないあれこれについて、
嫌がることなく聴き、読み、受け入れて、
寄り添い、信じ、違った視点からの前向きな見方を、
返してくれる。

その内容もそうですし、
その、聴いたり語ったり書いたりしているあいだ、
私のことだけを想ってくれている(た)であろう感にも、
私は暖められ、救われて感じました。

振り返るまでもなく、知人たちとのそうした関係は、
病気(双極Ⅱ型障害)になってからのものです。
病気になるまでの自分に、そうした、
自身の気持をさらけだせる知人は、
いませんでした。

病気になってからそうした知人たちを得たという面もあるし、
病気になる前からの知人たちとの関係が、そのように深化した、という面も、あります。

TwitterもFacebookもやっていない私。
ブログは、比較的、一方通行の関係になりがちですが、
それでも、ときには心温まるコメントをいただき、
そうでなくとも、
管理サイトに表示されるいくつかの情報から、
読んで下さる方の存在を日々感じ、
ブログや原稿を続ける力を、得てきました。


来年は、順調にゆけば息子が家を出ますので、
私の日々も随分変わるのだろうと思います。
病気の私のそばにいて、最も癒してくれた存在とも言える、息子の巣立ち。
精神的にも、金銭的にも、
来年はなおいっそう、大波小波を生きることになろうかと思いますが・・・

できれば、安定を得て、
この一年、私をとっても支えてくれた、
知人たちや読者のみなさんや家族の、支えに、
私が、もっとなれたらなと、願っています。


2016年。この一年間の、みなさまの支えに、縁に、改めて感謝申しあげます。
2017年が、みなさまにとって、
より苦しくない、より楽しい、より充実した、素敵な一年に、なりますように☆