2016年12月5日月曜日

「あぁ〜、楽だぁ〜」 

へんな件名ですね。


穏やかな日々が続いており、通院を重ねている先の名医(たぶん)を始め、
周りの人やものごとに、感謝しておりましたが、、、


急落!!


びっくりレベルの、短期間&大幅な、急落を迎えてしまいました。

ちょうど、受診予約が入っており(こういうタイミングって、予感があるのですかね〜)、
診療室では色々を吐き出し、激泣きし、
実家にも寄って母にさんざん愚痴り、
帰宅して、原稿に向かい、、、

かなり気持が整ってきての、夕方の散歩中。

大きな公園の、木立の間の暗い道、
まだいくらか明るい空には月と金星。

歩きながら、受診の会話を思い出していて、
より楽になる生き方を、
私は採ってもいいんだよなと、思ったあと。

ふと口をついて漏れた言葉が、

「あぁ〜、楽だぁ〜」

でした。

音の感じとしては、「あ」に濁点がついた感じなのですが、、、
それを表示する方法が解らず。。

スピリチャル系? の自己啓発書を読むと、
しばしば、「マントラを唱える」とか、でてきますよね。
自分の潜在意識にある言葉を変える、信念を書き換える、
みたいな文脈で。

そんな意味あいの使い方をする言葉として、
この、「あぁ〜、楽だぁ〜」が、
わたしにはぴったりのように、思いました。


双極Ⅱ型障害になるような、楽ではない、
考え方や生き方を、
長くしてきた私。

病を経て、楽な、、、
それは、自分の、脳を含めた心身に楽な、
考え方や生き方を、
体得したはずなのですが・・・


喉元過ぎれば熱さを忘れる、というか、
病が治れば体の声を聞かなくなる、というか、、


「あぁ〜、楽だぁ〜」


帰り道に在っていつも寄る、
住宅街の中の小さな神社でも、
手を合わせて、その言葉を、唱えてきました。


「あぁ〜、楽だぁ〜」


体は歩きながらも緩み、緩んだことで、
急落し、不安と緊張で、張りつめていたらしい筋や腱の存在が、
急にくっきりと、在り在りと、感じられました。


「あぁ〜、楽だぁ〜」


今までの私が常々認識していたのとは違う、
そんな状態を、
私はより多くの時間、選んで、生きていきたいと、思いました☆

2016年11月28日月曜日

黒と白とを合わせると、いい感じになるということ。双極性障害の躁と鬱も・・

あれれ? と言う間に、前の記事を書いた日からほぼ一週が経っていました。

・・・・

あれれ? 違う??

・・あらら?!

ほぼ二週が経っていましたね〜!!


びっくりです。

不調だったとか、とりたててなにをしていた、ということではないです。
ほんと、「あれれ?」って感じ。


ずっと、次はこのことを書こうと思っていました。


私の中に常にたくさんある、対立する思い。

例えば、
「もっとお金を使える自分になりたい」
という思いと、
「お金をなるべく使わないでいなくちゃ」
という思い。

「もっと頑張らなくちゃ」
という思いと、
「もう、頑張らないようにしなくちゃ」
という思い。

他にもたくさん、あります。

対立する思いがあることは、必ずしも悪いことではない、
とは解っていました。

上の例で言えば、
「頑張らなくちゃ」一辺倒では、また病気(双極性障害)になってしまいますし、
「頑張らない」一辺倒では、原稿が進まない。

でも、ずっとある、苦しい感じを、精神科での面接中に訴えたところ、
名医(たぶん)に、
「対立として捉えなくても、いいんじゃないですか?」
と言われて、びっくりしました。
「お金の話で言えば、欲しいものや必要な物は買いたいけど、要らない物にはお金を出したくない。それは普通のことで、二つの思いが対立していると捉えなくても、二つの思いが協調して、いいバランスになっていると捉えれば」
おおむね、そんな助言でした。

なんか、、、言われてみれば、もそうですし、こうして改めて書いてみても、
とりたてて驚くような点の見つからない、、、
どちらかと言うと、私の思いのほうが、変わった考えのようにも思えるのですが、、、

でも、ずっと、自分の中にどうしようもなくある対立として捉えていた私にとって、
E医師の示した考え方は、思いもしていなかったものでした。

・・・父から受け継いだ考え方と、母から受け継いだ考え方。
・・・父と母とで「対立」していた二つの考えが、私の中で「対立」しているように、
私は捉えていたんですよね〜。


後日、私は、こんな比喩を思いつきました。

黒くて苦い植物性の熱い珈琲と、白くて甘い動物性の冷たい牛乳。
合わせて混ぜると、茶色くて程よく苦くて甘い、程よいコクと温度の、
コーヒー牛乳(カフェオレ)になる。

・・・ん? なんのための比喩か、ですって?
・・・自分でも良く解らないような(笑)



そうそう、双極性障害の特徴そのものである、
鬱と躁、ローとハイ、の二極の内在。

それを、両端あるいは対立として捉えずとも、
協調することでバランスの良くなる二者、
混ぜることで、美味しいカフェオレになる、二つの素材っていう、、、


なんか、イメージだけではありますが、、、
なんか、使えそうでは、ありませんか☆

2016年11月15日火曜日

双極性障害の体験記『あ、ひらおよぎ』の、本日の作業(2)

前に使ったのと同じ記事名。

・・

通し番号をつけてみました(笑)

5章までの書き直しは、ほぼひたすら、
今までにある稿を参考にしつつ拡充してきたのですが、
6章は濃く長く書き込んであり、
拡充よりも、削除と修正が、必要のようです。

と、自分で解ってはいるのですが、、、

削除って、難しい。
書いた部分を、要らない!って判断するのって、難しい。。

今の精一杯の文章力で、書き込んであるなら、まだ判断もできるのですが、
数年前の、今に比べてかなり稚拙な文。

それをもって、この部分は要るとか要らないとかって判断するためには、
そのエピソードが、読者の方に伝えるに値するかしないかということを、
未完成の文のまま、自分で読み取らねばなりません。


はっきりと、不要、というところは、解る。
はっきりと、要る、というところも、解る。

どちらか迷う部分をどうするか。

試行錯誤の末、今日のところは、

不要 → 手をつけない。
必要 → 手書きで書き改める。
迷う → 手書きで書き改めるのは大変なので、
     パソコンの画面上で修正し、今の力量に近い文にしてみる。

という三種に、落ち着きました。

パソコン上で修正してみると、、確かに、文は良くなり、そして、
その部分は不要、ということが、はっきりするように、感じます。


・・その、要るとか要らないとかを判断する、作業。

・・頭で考えていると、どれもが要るように思えてくる。

でも、こうして、手を動かし、体感として感じてみると、
なにと理由をきちんとつけられはしない、でも、要らんよな〜っていうのが、
体の声として、あることに、気がつきます。

書いている6章の主題は、その、
体の声に気づいてゆく、私の姿。

双極性障害から運良く(?)卒業するに到った私の、
技術的な要因をひとつだけ挙げるとすれば、
その、
体の声を聴く、
ということでした。

今日の作業。
思ったほどには全然進まなかったけど、
いまこうして書いていたら、
体は、リラックスして来て、感じています。

まあ、今日はこれで、良かったんだろうな〜。。


当時もそうでした。
今日が、治癒への一歩を歩んだ日になったと、確信できはしない。

でも、試行錯誤のひとつひとつが、
治癒への一歩だったことを、今の私は知っており、
そして、今日の試行錯誤が、
作品の完成への一歩であったことを、、、、

想像しようと思いました☆

2016年11月10日木曜日

声を荒げる自分の言動をいまひとつ信じ切れない感じ。。双極性障害になる前の時期・・

昨日、
行動的でエネルギッシュだった自分が戻ってきたらなぁ、
というような結末の記事を書きましたが、
その直後。
夕飯の後。

息子に、声を荒げてしまいました。

アルコールに弱い私。
夕飯のおかずの一つに、材料のワインのアルコールが残っていたようで、
少〜し、酔っていたための勢いも、あるかも知れませんが・・・


声を荒げること。
ありますよね。

あまりひどいのはともかくとして、
日常レベルのものは、
あって、良いのだと思います。

でも私は、
子どものころに父が、
気分屋で説教屋で、
急に声を荒げたり、少しですが殴ったり蹴ったり、する人だったので、
それで私が後々双極性障害を発症したと、思ってもいて。

そのことに加え、
父のそういう面がとっても嫌だったこと、
それから、双極性障害になる前の時期に、
当日勤めていた会社で、それまでになく、大きな声で部下を叱り、
結果、急に辞めてしまったことがあって、
後になり、その私の行為は、既に躁だったと、気づいたこともあって・・・


などから、人に声を荒げることを、とっても抑えている感じが、
自分でもしており、
類似のことを、名医(たぶん)に、指摘されてもいます。
(あれ? 逆か。指摘されて、そんな自分に気がついた、って流れですね)


でも、躁うつの波と同じで、
抑えているものって、どこかで、どんな形かで、吹き出しますよね。


声を荒げた自分の、なんていうか、ノーマルさを、
今一つ信じきれていない、私。
一夜明けた今朝、息子に謝ろうかと思いましたが、、、、

元々の問題は、息子が謝る筋(すじ)のことでもあり、、、
なんだか悔しい?ので、やめました(笑)


声を荒げることばかりでない、
エネルギッシュな活動や、
思い切った購買を、
これは躁ではないかと、
やがて急に萎むのではないかと、
信じ切れていない自分。


父にあった、私にもたくさんある、攻撃性みたいなものを、
抑えている自分を含む、
そんな、エネルギッシュになることを、抑えているらしい自分を、
少し感じた、昨日今日でした☆

2016年11月9日水曜日

動き続けた週末でした。

土曜日、ずっと気になっていた、居間と台所の冬支度をしました。
冬支度という名の、大掃除。
主に、たくさん使っている、ブラインドの細い羽の、拭き掃除です。

8時半ころには始められ、
午後の3時くらいには終わりにして休むつもりだったのですが、
思ったより汚れており、手間取って、、、
昼飯も数分で済ませる慌ただしさを続けたのに、切りがついたのは午後6時過ぎでした。

疲れた〜!!!
でも頑張った〜!!!

これで本格的な冬を前に終わらせねばない家事の大物は片付き、
ずいぶん気が楽になって、
日曜はたくさん寝て、好きなことをして過ごそう〜!

と思ったのですが、、、

なんと、日曜の早朝になって急に、家族で東京へ行くことに?!

ばたばたと出かけ、都内の、東から西へと移りながら、
終日遊んで、帰宅したのは夜の10時でした。


いや〜、自分としてはびっくりの、行動的な二日間でした。


双極性障害の最中のみならず、今も、
こうして、時に行動的な日があると、
軽躁状態に居るのではないかと、自分を省みます。

ただ、一般的な治療での指導ではそうであるらしいような、
気分が高いときは自重して行動を制限するようにということを、
名医(たぶん)に言われたことはなく。

高いときは高いなりに動いたほうが、
どうも、安定に寄与するように、思ってはいます。

もちろん、人に迷惑が掛からない程度にとか、
自分で取り返しのつかないことをしないようにとかは、
ありますけどね。


平日になって急に、北向きの書斎で独り原稿に向かう、静かな時間に戻り。
なんだか調子が戻りませんでしたが、火曜の朝くらいになると、落ち着いていました。


行動的だった自分。
そういう自分も、病前は普通にあったんですよねー。。


神田橋條治医師が示す、治癒が目指す人間像というものの一つに、
いつの自分にも戻れる、というようなものがあります。

行動的だった自分。
エネルギッシュだった自分。
友人たちと一緒に遊んでばかりいた自分。

動けた自分に充実を感じたこの土日。

病前のような、そういう自分をまた生かせたら、楽しそうだなと、
思いました☆

2016年11月4日金曜日

双極性障害の体験記『あ、ひらおよぎ』の、本日の作業。

ブログの記事の内容に合わせてつける「ラベル」。

「あ、ひらおよぎ」
「日々のこと」
「病気のこと」
「本のこと」

と四種類を用意してあるものの、
このところ使っているのは「日々のこと」ばかり。
他の三種のラベル、中でも、「あ、ひらおよぎ」の出番が、全くない。


ということで、原稿作業の様子や進捗状況などを、
これからはちょっと書こうかなと思いつきました。


双極性障害の体験記『あ、ひらおよぎ』。


今日は、
6章「あ、ひらおよぎ」(6章の章題は、全体の題と同じ名です)の、
書き直しの準備が、だいたい終りました。

その章が描きだす、2006年〜2007年にかけての数ヶ月について、
残っている当時のメールや写真や領収証などを元に、
日々にあったことを、時系列の表に起こして。

既に書いてある、、、2012年あたりに書いた、
現状、400字詰め原稿用紙換算で900枚分ほどの原稿を、
印刷して、読んで。

読んだ感想、足りない描写、
それから、
読む人に伝えたいことなどを、読んだ人に感じて欲しいことなどを、
書き出しました。

時系列で把握するのも、
伝えたいことなどを書き出すのも、
原稿を書くのも、
一度やっているのですけどね。
でも、納得いく形になってなく、、、、
やり直しています。

今日はその、
通し読みの終りのほうが少しと、
感想などの書き出しを、しました。

週明けからは、書き直し作業に入るつもりです。

この章で、私は、いわゆる「洞察」体験をし、
病気の治癒への傾向が、確からしさを増してゆきます。

といっても、当時の自分には、
自分が、治癒過程のどのあたりに居るか、解らなかった訳ですけどね。


原稿を書いていると、書いている対象の時期の自分が体験したことを、
日々体験する傾向があります。


行きつ戻りつしながらも、
洞察を繰り返し、
治癒への流れを加速させていった、原稿の中の自分。

やり直しをしながらも、
なにか、新たな視点を得て、
原稿作業の流れも、それ以外の生活の流れも、
よりよき方向へ、加速してゆけたらいいなと、思いました☆

2016年11月2日水曜日

双極性障害で苦しんできた自分が初めて「生きていて良かった」と思った日、でした。

前回の記事の中。
その日にやっていた原稿作業の途中、なにかを思いつき、
それを記事にしようと思いながら、忘れた、というもの。

記事をアップしたあとで、思い出しました。

その日の日付(月日)が、
双極性障害の只中に居た私が、
病になって初めて、

「生きていて良かった!」

と思ったのと同じ日付、だったのでした。


あれからもう、、、10年!


「全般性不安障害」「うつ病」などと診断され始まった、
いわゆる、闘病の日々。

今になると、薬による影響も大きかったようにも思いますが、
治療を受けだした少しあとの時期から、
強い希死念虜が、私にはずっと、伴いました。

やがて、病院を替え、「双極Ⅱ型障害」と診断が改まり、
休職して、薬も、養生の方針も、改まって数ヶ月。

落ち着いきた病状に、
息子と久しぶりに外で遊べた自分は、不意に、
「生きていて良かった」
そう思ったのでした。

その日から薬や通院から卒業するまでは、まだ月日がかかるのですが・・


このブログを読んで下さっている方のなかには、
双極性障害や単極性障害(うつ病)の只中にいて、
強い希死念虜から離れられずにいる方も、多いと思います。

希死念虜に、負けるとか追い込まれるとかではなく、
できることなら、
希死念虜に助けてもらって、
きつい状態を、状況を、
生き抜いて欲しいと、


そのうちかならず、生きていて良かったと思える日が来るよと、、


10年前の自分も含めた、
希死念虜を含む苦しみを耐えて、やっと日々を生き抜いている人たちに、
伝わって欲しいなと、思います☆



2016年10月29日土曜日

「思い通りにならないことに耐えられない」・・・双極性障害になるタイプの私の思い。

大きく落ちたことを苦い薬に、
今後は転落防止に努めると近い、
先週の週末は念願の週休二日にしたのですが、、、

今日は土曜日。
無理にでも休みにし、
まずは書斎の冬支度をしようと、
決心するに到ったのですが、、、

北風が強く、掃除するために窓を開けることが困難と解り、
いそいそと原稿作業に入ってしまいました。。

せめて午後は図書館や実家に行って息抜きするつもりだったけど、
かみさんが車を使うこととなり、
それも延期。

結局終日、原稿作業をしていました。。

・・・まあ、なにをするか、迷い続けて数時間、ってこともなかったし、
思いのほかはかどったし、
いいのですけどね〜。


で、途中、なにか思いつき、
あ、今日はこれを記事にしよう! と思ったのですが、、、
忘れた。。。

忘れたことって、なにかとてもいいことだったような気がします。。


代りに、先ほど、シャワー上がりに思ったことを記事に。


脳の過労で双極性障害になるタイプの人の、脳の特徴として、
「窮屈が苦手」ということを、
神田橋條治医師が言っており、
それを、生活において留意する点として、
私は養生し、双極性障害から脱してきました。

なのですが・・・

昨日記事にした『スクール カウンセリング モデル100例』のなかの説明で、
ちょっとそれだと、私にとって、無理を感じる部分があり。
(具体的な紹介は、長くなるので省きますが)

で、双極タイプ・躁うつタイプの脳は、
「思い通りにならないことに耐えられない」のではないかと、
ふと思ったのです。

まあ、「ふと思った」と言っても、
このことについて考えるときはしばしば、
「不自由が嫌」とかではではないか、と思ってきたので、
それと同類の、でももっと、自分の感じにぴったりする言葉が見つかった、
ということなのですが。


思い通りにならないこと。


その対象が、自分であっても、他人であっても。
状態でも、状況でも。

「窮屈」も、思い通りの結果、すなわち、
自ら望んで嵌った「窮屈」には、かなり耐えられる気がするし。
(そういう状況は「窮屈」とは言わないのかもですが)


どちらが正しいとか、別に、結論はありません。。
他の躁うつタイプの方たちがどう感じるか、解らないし。


精神療法で得ることを目指すのは、「ぴったりした言葉」だということを、
名医(たぶん)に言われたことがあります。
私の養生の技術の中心だった、「フォーカシング」が、なぜ、症状や病に効くか、
名医(たぶん)に訊ねたときの回答でした。
「フォーカシング」は、まさに、
自分の体感に「ぴったりした言葉」を探す、技術です。


ぴったりした言葉。


自分にとって、自分の特性を表すのに、
「窮屈が苦手」よりも、場面によってはぴったりして感じる、
「思い通りにならないことに耐えられない」。

自己認識がバージョンアップした? 増えた? ことで、
自分に、自分をとりまく世界に、どんな変化が生じるか。


「停滞・閉塞の忌避」(『うつ病新時代』より)を求める脳。
自分が考えたことで自分が変化してゆくかも知れないのは、
「気持がいい」(神田橋條治『精神科養生のコツ』より)です☆

2016年10月27日木曜日

学校が苦手だった、ということの背景。・・双極性障害になるタイプの人の特性

昨日、話が流れかけた、学校が苦手だったということ。



「神田橋(2005)は治療の体験から、双極性障害は、急性期には薬物療法も含めた治療によって、病気として対処するのがよいが、基本的には親から受け継いだ体質、すなわち“躁うつ体質”として、患者自身も治療者も対処していくと、資質の優秀さが発揮されるとしている。
 そして、①心理的、社会的に窮屈な状況が、状態の悪化を引き出すこと、②したがって、窮屈な生活の状況を緩めることが改善に不可欠であること、③それには生活のごく一部に“気まま”を取り入れるだけで十分な効果を持つこと、④そのための生活指導的な援助が有効であり、内省的心理療法は、躁うつ体質者には反省を求める結果になることが多く、反省が精神状況を窮屈にして、かえって害があることを示した。
 そのような視点を得て、スクールカウンセリングの現場を振り返ると、躁うつ体質という理解が有効な事例が少なくないことに気づく。彼らは学校、特に中学校生活での適応に、非常に苦労している。中学校では生活指導が最も細かく、厳しく行なわれるからである。これは、後に躁うつ病患者となった人々が振り返って、中学生時代から気分の波を自覚していたことが多いという神田橋の治験と一致する。しかも不適応をきたした生徒に対して、さらに生活を窮屈にする指導が行われることが多いために、彼らの適応はますます困難になる。」


上の文は、タグ「本のこと」の中に紹介記事のある、『スクール カウンセリング モデル100例』(かしまえりこ、神田橋條治 著)の中の、「第8章 躁うつタイプ」の冒頭「概説」からの引用です。

私を双極性障害と診断した名医(たぶん)が、「急性期」を過ぎた辺りというのでしょうか、少し落ち着きを得てきた私にくれた複写が、この「概説」部分でした。

学校。。

ひとつのはこの、「躁うつ体質」に人が苦手とする、「窮屈」ということと。
もうひとつには、これは、私が双極性障害になった遠因あるいは主因としてあるのですが、躁うつ体質の人の特徴でもある、他人の気分を敏感に察知する傾向から、教師だった自分の親も含む、(威張った)教師たちの、なんていうか、、、、気分に、ひどく振り回され疲れ痛めつけられてきたこと。

一見、学校に良く適応してきていながら、その実、少しも馴染めず、大人になった今に到るまで、学校や教師を怖いと感じてきている背景に、そんなことがあったことを、病気の体験を通して初めて知ったのでした。


昨日行った、私の出身校でもある、息子の学校。
今になって改めて授業風景を見ると、生徒たちはまだ子どもであり、教師たちは今の私より若い人も多く、物も雰囲気も整然とし、、、、なんていうか、、、あまり怖くありませんでした。先生たちが生徒のために一生懸命であることも、見て取れた。

それが、この時点の私に見せられたこととして、印象的でした。

父親のことも、学校や教師のことも、あえて悪者としての面を見出すことで、私は病気を治してきました。そういう風に、手段として、物語を紡ぎ出し、治癒のために使った。


息子の学校の授業を体験し、父のことも、学校のことも、たくさんの楽しかった思い出を改めて思い出しても良い時期にきているなと、思いました☆

2016年10月26日水曜日

落ちたなかで得た気づき。双極性障害だったころも・・

今日は息子の授業参観に行ってきました。
中学高校とずっと行かなかったのですが、これが最後のチャンスのようだったので。
少し早く着いた学校の駐車場で、車の中で時間をつぶすうちに、
お腹が痛くなってきました。
わたし、学校、苦手なんですよね〜。。。
双極性障害を患っている人は、学校が苦手だった人も、多いんじゃないかな〜。
一見とてもうまく適応しているようでいて、実は苦しかった、という。

おっと。今日の話題はそこではなく。
「学校」といえば「宿題」。
「宿題」といえば、落ちたなかなにを気づいたか、記事にすること(笑)


あらかじめ、
あまりまとまらない記事になることを、予告しておきます。
気づいたことを元に熟考した結果ではなく、気づいたことを適当に並べます。


★脳が疲れていたんだなということ。
たくさん眠りました。寝不足も含め、脳の疲れが、溜まっていたんだなと、思いました。

★過度な不安や迷いは疲れた脳の機能低下によるということ。
たくさん眠って休まってきたら、不安とか決められなさとかが、減りました。
気分のネガティブさが薄れました。ほんわかとした気持が生じてきました。

★自分をぜんぜん敬っていなかったなということ。
落ち込んだ自分に、「好き」だとか「大切」だとか声を掛けていたなか、
「尊敬する」と(声には出さず)言ったら、急に泣けました。
これまで自分をまったく尊敬していなかった、蔑んでばかりいたことに、気づきました。

★淋しかった、と気づいた。
寝ている間、家族が留守なのが、耐え難く思えて。
布団の中で「淋しい」と呟いたら、ほんっとに、淋しいなと感じて。
それで、自分がこれまで何年も、ずっとずっと淋しかったことに、気づきました。
原稿を進めるため、人と会うことを自分で制限し、ただ一人、机に向かってきた年月。
ああ、淋しかったんだ〜、と初めて実感。
それを感じなくいることで、机に向かえていたんだなと、知りました。

★自分を責める言葉やイメージで自分が痛めつけられていた、と気がついた。
原稿が仕上がるのか。仕上がったとして売れるのか。幻を追っているんじゃないのか。
稼がなくて、親として失格じゃなかったか。もっと頑張らなくてどうするんだ。などなど。
ちょっと言葉は違うけど、、、
とにかく、自分を責める言葉やイメージで、
自分の頭がいっぱいだったことに、気がつきました。
それが、脳を、とっても疲れさせたいた。
また、休まるにつれ、責める鋭さは鈍ってきて・・
疲れた脳は、そういう、自分を責める言葉を、多用するようにも思いました。

★脳が、目が、体が、疲れていた。
休まって初めて、これまでずっと、脳が、目が、体が、疲れ切っていたことに、
気がつきました。
ついでに、頭にけっこう広い脱毛領域が生じていたことも!!
原稿を書き始めの時期にも一度、あんまり根(こん)をつめすぎて、脱毛してます。
そのときも、一息ついて初めて、脱毛していたことに、気がつきました。



まだまだありますが、とりあえずこんなところで。
そうそう、こうして、色々に気づき、気づくと少し、脳を含む体が緩み、
と繰り返すうちに、
自分を取り巻く、家族や住居や近隣や自然の、有り難さなどにも気づきました。

双極Ⅱ型障害(の治癒過程)だったときも、そうでした。
うつの波は、気づきの時期。気づいて、緩んで、色々な有り難さや美しさに気づく。
躁の波は、それら気づきを実際に生かして行動してみる時期。


そうそう、今回の落ち込みはけっこうきつく、
愚痴った知人に、再発防止策はないのかと言われ、
そういえば、毎回落ちてないで、防止すればいいよねと思いつき・・


それにはどうしたら良いか・・・


長くなったので、無理せず、また「宿題」にしようと思います☆